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悲しき軽運送屋の顛末記-28 [顛末記]

軽運送の主役と言えば「宅配」だろう。私もこの商売を始める前に数回アルバイトで従事したことがあると顛末記を書き始めた頃に記した。


★Photoはイメージです。

私がスポットを主にした理由も書いたことがある。
毎日の宅配で大多数の軽運送の「会員」は休みなしで可動している。大手運送会社の従業員(正社員)はローテーイョンを組んで代わる代わる休みをとる。労働基準法とやらで休日の日数が決まっているのである。その穴埋め(犠牲)になるのが一番下で? 働いている軽運送の下請け宅配業者である。それだけ儲けさせてやっているのだと言われればそれまでだが、病気や冠婚葬祭、その他の理由で休みたい時もある。

そんな時に私も助っ人に駆り出される。以前やったことがあるからといって、代わりに手伝う地域のことを熟知しているわけではない。逆に初心者だ。普段、宅配に従事している人は慣れているので最低でも100件くらいは受け持っている。私にとって初めてこれだけの住所を探しながら回るわけだ。
これは大変である。また、アルバイトなどで雇う人員は集荷はさせない。配達のみで町内を回るのだ。それに引き換え、私たち会員は運輸会社の正社員と同じ条件で、代引きの金銭関係や集荷も受け持つ。

朝、宅配は早い。営業所には6:00頃には出勤して仕分けを手伝う。この仕分けとは配達区域別にコンテナに入れていく。大体が町単位で配達区域を任される。それがコンテナ別にされているのだ。これを既に慣れている会員や正社員たちは、貼り付けられている配達シールを見て自分のルートを考えながら車の中へ順番に詰め込んでいく。
しかし、私たち「手伝い」はそうは行かない。まずは地図を見て伝票から「そこ」を探す作業が先になる。区画整理されている住所なら伝票を番地順に分けていけば自然とコースが出来ることもあるが、旧番地となると飛び地があるとか、昔の畑の番地が間に入ったり、田舎はさらに字・大字、またイ・ロ・ハなんて表示されているところもある。とりあえず地図に点を打ったりして場所の確認。それからルートを作るのだ。(これも以前少し書いたことがあったと思う)

その伝票の順番を元に、コンテナの中から荷物を探し出す。ちなみに、車には最後に配達する荷物から入れることになる。何故なら奥に入った物を最初に引っ張り出すのでは効率が悪いからだ。自分が開けるドアに近いところから配達を開始する商品があるのが理想だ。
ベテランになれば頭の中でルートが出来ているし、荷物を車に入れる時にも大体の大まかな塊にして順序を決めておいても探すのが容易に出来てくる。ましてや正社員は2t車で車の広さが違う。探すにも車の中に入って探せる。対して、軽自動車に詰め込んだ荷物の中から「それ」一つを見つけ出すのはシッカリした順序に入れておかなければ探すのに時間がかかるだろう。
私もアルバイトで一週間もすれば出来るようになった。が、軽運送業の助っ人の場合はその日によって違う場所に行くのだ。それは不可能だ。

とにかく、最初は伝票でシッカリ配達場所とルートを決めておくにつきる。だから私は殆どの場合一番最後に営業所を出ることになる。当然「遅い奴だなぁ」と思われるが、これは後になって利く。
大抵、コピーした住宅地図をくれるが、これは手伝いなら1回しか使わない。なので、直接赤色のマーカーなどでルートを書き入れてしまうと分かりやすい。分からなかったら素直に聞く。全ての社員や会員が出払っても、必ず連絡係が残っているのでその人が頼りだ。こちらが初めてだと知っているので親切に教えてくれる。
この作業を完璧にしておけば最後に出て行った私が、一番最初に配達を済ませて帰ってくる。

車に荷物を積んだら早速、配達だが一番困るのは留守の家だ。不在のお知らせを入れて次へ回るのだが、毎日居ない家もある。当たり前だ、働いているのは私たちばかりではない。その家の人達も、ましてや独り者とか共稼ぎなら平日に居るほうがおかしい。そんな家は決まっている。あるところに、ある隠語で表示する宅配業者も居るがこれは記さないことにする。犯罪の温床になるからだ。
だが、居なければ何時までも荷物を持つことになる。なるべく持ち帰るように会社の規則では決まっているのだが、隣近所に頼める場合もある。あくまでも押し付けるのではなく、隣家の善意にすがるのだ。

昔はそれだけで配達は済んだ。現在はというと、もっと大変だ。時間指定があるからだ。午前中・午後・夜とそのほかにも時間刻みで決められている。最終は午後9:00配達と言うのもある。運ぶルートも複雑になって来ているのだ。なので今の宅配は私には勤まらないと思う。

もうひとつの宅配の業務に集荷がある。前回の顛末記-27で書いた単体の集荷と違いこちらは配達する荷物を集めなければ商売にならない。自宅、コンビニ、商店など多岐にわたって動くが、配送をしている途中に連絡が来る場合がある。これも面倒なのだ。ルートを決めても途中で連絡のあった「そこ」へ行かなければならないことになる。近くへ行くまで待ってくれるお客なら良いが、そこは便利を売り物にしていれば「直ぐ行きます」といわざるを得ない。
コンビニや商店は時間を決めて集荷に行くのでルート内に収まるが自宅の場合、行ってみたら留守にしていた、何てことも間々あるから参ってしまう。

集荷で気を使うのは、料金だ。三方の長さや重さで決まるのだが(これは送るほうもご存知だろう)、殆どの手伝いはメジャーも持っていなければ、ましてや重さを測る機器は持っていない(これはたまの手伝いだからだ)。慣れてくると大体の重さも分かってくるが、数キロの違いは分からない。軽すぎれば会社に迷惑をかけるし、重すぎればお客に損をさせる。メジャーは用意するにして、自宅に訪問しての集荷は体重計を貸してもらったりするのが助っ人のテクニック。コンビになどは用意してくれてあるし、既に店員が会計を済ませてくれてあるのでその必要はない。


★Photoはイメージです。

[こんなことがあった、その24]
私は犬が苦手だ。幼いときに大きなシェパードに足を噛まれ、整形外科に担ぎ込まれたことがあるからだ。
配達に行くと、よく門などに「猛犬注意」とかいてあったり、庭の奥で泣き声が聞こえると足が止まってしまう。まさにトラウマだ。

ある家に配達に行った。そこの家人はペットを非常に可愛がっているようだ。門を入ってチャイムを鳴らした途端、ドアが開いて人間より先に犬が飛び出してきた。そう、家の中で飼っている、多分皆さんの中にも多くいると思う。
放し飼いなので止めることも出来なかったのだろう。家人は外へ逃げ出すことを心配して飛び出してくる。決して配達人の安否など意に介していない。
犬というのは自分を中心に上下関係を決めるというが、おそらく私は下に見られているのか、または敵と思われているのか、殆どの場合吠えられる。こちらも好きではないが…

ドアから飛び出してきたそのペットは私の足に噛み付いた!! ご丁寧に2度もやられた。くわえたら、なかなか離さない。足を振ってみたが口でぶら下がっているのだ。後から出てきた家人の最初の言葉は「駄目でしょ」だった。これは噛み付いたことの叱咤ではない。外へ出たことの「こごと」だ。私としては、蹴飛ばしてやりたかったが、そこはお客様のペット。じっと我慢して、それでも心配になり、「この犬は予防注射してあります?」と聞いた。荷物を渡し、足を引きずりながら戻る私に家人の「すみません」とか「だいじょうぶ?」などの言葉は聴けなかった。
車に乗る前に裂けたズボンをめくって見ると、血がにじんだ穴がポツポツとついていた。

[こんなことがあった、その25]
宅配も繁忙期になると同じ場所に何度もいくことがある。殆どが同じ荷物なんてこともある。春先だと「たけのこ」、お中元なら「清涼飲料」、お歳暮には「みかんの箱詰め」が何回も運ばれる。しまいに「また来たのぉ」と迷惑そうにいわれることもある。勿論、そればかりでなく多くの荷物の中には高価なものや珍しいものもあるが、それがかえって配達先の人には不要なこともあるのだ。
数回訪れると顔見知りになり、そのうち仲良くなる。特にチョット横道に逸れた商売をしている男性は気持ちが大きい?のか、「また来たのか、いつもご苦労だなぁ、これ持って行け」と配達した商品をくれることも結構ある。これは私ばかりでなく、殆どの従業員が経験あるらしい。中身も分からないでポイと渡されて、車の中で開けてみると高額な商品券だとか、箱の中からゴルフクラブなんてこともあって、嬉しいが「いいんですか?」と確認に行ったりする。大体が一度やったものは返せとはいえないらしい。私はみかん一箱とか、ハンカチ詰め合わせ、センスの悪いネクタイくらいしかなかったが。
女性は99%くれはしない。十何箱も来たりんごやみかんでも…くれるのは中小の社長がワンマンの会社に来た贈り物が多い。別にそれをあてにして宅配をするわけではないが、たまにはそんな余禄があるという話。

[こんなことがあった、その26]
宅配で困る事で雨がある。傘を差すわけにもいかず、殆どの配達員はカッパも身に着けない。自分が濡れるのは仕事なので仕方ないにしても、商品である荷物を汚したのでは商売にならない。
ある時、台風が来ていた。荷物は無料で配るタブロイド誌を、その配達人の家まで届けるのだ。部数を確認して車に積んで出るのだが、その時は嵐の前の静けさで「大丈夫」と思っていた。
それが、段々風が強くなりしまいに横殴りの雨が凄い。目も開けていられない状態。しかし、今日中に届けなければ期限に間に合わない。こういう広報誌は一週間に一度何曜日に配ると決まっているのだ。
紙というのはそれだけで重い。想像以上だ。手で持てるのはせいぜい新聞で一か月分60組くらいだろう。その時の部数は平均で各300部。それを50件は配達しなければならない。当然重量も相当なもので鉄でも積んでいるように車も軋む。
なので、各家庭に持っていくには台車を使うしかない。タブロイド(小型の新聞)とはいえ、この部数になると台車で段のある場所を乗り越えるのは大変である。ましてや団地などは1階のフロアに上るにも数段の階段がある。当然台車では上れない。一度おろして台車を上へ、また荷物を載せることになる。しかし、豪雨で強風まで吹いているとこれも出来ない。だからといって誰も手伝ってはくれない。これは仕事なのだから。
しょうがないので、どこからかオモシになる石などを見つけてきて飛ばないようにし、1階のフロアの中まで数十部ずつ分けて移動する。そのたびに紙は雨に濡れてしまう。配達人の家のドアに着いた時、その荷物はビショビショになってしまった。「こんなもの、どうやって配るのよ」という罵声に頭を下げ詫びるしかなす術は無かった。

完結の感覚が無いと以前の顛末記で宅配のことを書いたが、こんな苦労も私が敬遠する理由のひとつだ。どんな仕事でも良いことがあれば、悪いこともある。しかし、宅配という業務は体力、精神力とも見た目より大変な仕事だと感じる。それは運送業のほかの業務を経験してきた結果、私が宅配に向かないのかもしれないが。

尚、宅配の収入については以前の顛末記に書いているのでここでは省く。
また、現在の宅配はシステムや条件・環境が変わっているかと思う。これは当時の話である。


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幼い時の私的思い出 tom room:「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和


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