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「あえぐ夢」 懐かしき私の昭和 幼年期-12 [思い出]

昭和31年の秋には二つのエピソードがあった。何故、秋を覚えているかと言えば、きのこ狩りと栗拾いに行ったことを思い出したからである。

我が家は西側の街から急な坂を上がってきた高台にあった。近頃では「山の手」と言われているが、当時は「山の上」だ。この市内では海抜が一番高い。どこから来ても坂ばかりである。

坂の頂上に大学附属の病院、1kmくらい離れて市立病院そして隣が黒川家に牛屋。その向かいは全て見渡す限り畜産試験場と言うことだ。家の前は畑、その先に牧草地。村に向かう道が東に延びており、畑の隅に林がある。農家が一件、ゆるい坂の上には火葬場がある。更にその先には森と雑木林が点々と散らばりその森などで、春は竹の子や蕨、ゼンマイ、蕗、いわゆる山菜狩りである。
森から森へと渡ってゆく。

二つ目の森にさしかかった。同行したのは黒川のおじいちゃんとおばあちゃん、それにその親戚の大人、三人と私だ。皆、獲物を探しなからゆっくりと歩くが、私はタダの物見遊山なので先頭を歩くことになる。それでも笹を折ったりして刀の代わり…などと遊びながら森の奥へ。かなり先へ来てしまった。一人ぼっちになった。森の中でザザザッと枝葉の風で擦れ合う音が妙に大きい。
フッと上を見た。ギシギシと他とは違う物音が聞こえたからだ。ぶら下がってる。そんな感じの印象だ。靴を履いた足が伸びていた。湿っぽさが辺りを漂っている。もっと上を見ると逆光で木々の葉っぱが暗さを増した中で人間の上半身が見えた。地面は明るいのだが、上は薄暗いのでその人の顔は見えない。ゆっくりとその人は揺れている。力が抜けたように。首から紐が伸びている。

私にとってそれだけの情景だった。でも、何か不気味な感じがしたのだろう。引き返した。おじいちゃんのところへ。「人がぶら下がってるよ」と言う私の言葉におじいちゃんは最初、誰かが枝払いをしているか、遊んでいるのかと思ったらしい。「動かないよ」…少しの間、私をじっと見て何か考えているようだった…「どこだ、連れて行け」、その言葉に緊迫感が感じられた。この時代、生活苦のために自分で命を絶つものが珍しくなかった。今のように福祉がシッカリしてはいないからだ。
手を引っ張って先ほどの場所へ行く。他のものも駆け寄ってくる。皆で見上げていたことを記憶している。その後は何故か栗拾いは中止になった。
今思えば当たり前だ。「首吊り」現場を発見してしまったのだから警察に通報、事情聴取、散策は出来ない。第一発見者は私だが、子供なので経緯は聞かれなかった。
ただその人の足だけが印象に残った。今でも目を瞑ればその場面だけは焼きついている。

数週間後、うちの家族は懲りもせず再び山菜狩りに森に向かった。但しルートは変えていた。大人になるほど「その場所」には行きたがらないのだ。そこで私にとって第二の事件が起こった。
皆で登っている。急な傾斜だった。得てしてこんなところに大きめな美味しいきのこが生えているのだ。横に広がって、私も踏ん張って登っていた。あと一息で上まで登りつくところで、私は腕を伸ばして崖の淵に手をかけた。足を一歩踏み出し、両腕に力を込めて上へせり出そうとした途端、私の二の腕が鳴った。何が起こったかわからなかったが、ずるずると落ちていく。両腕がブラブラになって…そのうちぐるぐる回りながら窪んでいるところで止まった。「シュウ!」とおじいちゃんの声、手に力が入らない。と言うより、痛い! 次第に激しくなってくる。
おじいちゃんが駆け寄ってくる。抱きかかえられる私。泣いている自分がいる。腕が動かない、痛いから動かせないのかも知れない。
急いでそのまま病院へ担ぎ込まれる。隣の私立病院へ。そこまでの道のりは長かった。当時は携帯電話は勿論無い。こんな山の中では公衆電話も無いので救急車を呼ぶのは不可能だ。
結局、おじいちゃんが抱えたまま医者のところへ駆け込んだ。両腕脱臼だった。手で踏ん張っただけで私は自身の体を支えられなかった。

序章で書いたように、私は栄養失調で危ない状態で引き取られている。何とか丈夫になり、外見は5才の男児になったといっても、こんなところに弱さが秘められていた。これによって、2回目の山菜取りも途中で中断してしまった。この年、栗やキノコは食べられなかった。
2度とも私が原因である。「首吊り」を見つけなかったら、「脱臼」にならなかったら。事実の思い出なんてこんなものだ。子供の頃の記憶は余計に感情よりも経緯でしかない。起伏の無い、つまらない話だ。


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少し以前の失敗談 tom room:「悲しき軽運送屋の顛末記」


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